
「”困難事例“ばかりだと辛くないですか?疲れませんか?」
以前、事例検討会で他事業所の方から聞かれたことがあります。疲れるけど辛くはないと答えた記憶があります。辛くない理由は恐らくそもそも「困難」と考えていない、もっと言えば他人の人生というのはそもそも困難だと思っているからです。自分と他人は生まれた場所も時代も、生まれた時の状況やその後生きてきた環境も、家族構成と関係性も、経済状況も何もかも違いますので、当然その上にある価値観も違うのが当然です。何もかも違う方の人生に関わるわけですから、様々な困難さがあるのが当然です。もし困難さを感じないとしたら、目の前の方とその家族がこちらに歩み寄ってきてくれているからに他ならないでしょう。ですので、困難さがあると感じる場合はいかにこちらが歩み寄れるか、歩み寄ることを許される関係性を築けるか。そこがきっと対人支援職として重要なことなのでしょう。結果として歩み寄ることを許されないことがあるのも珍しくないことで、それ自体は仕方ないと思います。仕方ないと思うと言っても関わることを諦めるわけではなく、出来ることを続けていくしかないでしょう。これを有言実行で続けるには、自身の感情のコントロールが必須だと思います。
自分が思い描く方向へ誘導したり、同じ方向性を向いてもらったりすることを当然と考えると、困難事例ばかりだと辛いと感じるかもしれませんね。でも多分、横行している「その人らしさ」って言葉が意味するところはそういうことではないんじゃないでしょうか。
そんなわけで僕はご依頼をいただいたらどんな方でもお受けしますし、自分にできることをさせていただきます、というスタンスです。高い費用が発生する訪問診療ですので、お互いのニーズが合うのであればという条件付きですが。このスタンス、考え方で様々な方のお宅へ訪問し関わり続けることで、自分自身の考え方や関わり方の引き出しが増えていくことを実感しています。考えることをやめなければ自分自身ずっと成長し続けられるはずです。いつになっても100点にはならないんですが、だからこそ向上心につながるのだろうと思っています。
そんなわけで、家族以外の男性には近付きにくいというこのご近所さんが飼っている犬ともついにこの距離まで歩み寄ることができました。次会った時はまた遠ざかるかもしれませんが、その時はその時でまたどうやって歩み寄ろうかを考えることにします。