ひとまず「黎明期は終わったかな」と感じています。開院してしばらくの間は僕が自分自身で背負わないといけない荷物が大半でした。しかし年月の経過、人員の増加、地域からの認知度の変化など様々な要因によってその荷物の量は減っていきました。医師が増え、法人内でオンコールを肩代わりする仕組みができたおかげで、平均して週3回はオンコール対応をしなくてよくなりました。この一年は経営的にもだいぶ安定し、院内の空気もだいぶまったりしたものになり、一時期と比べると残業時間が非常に短くなりました。
以前にも書きましたが、荷物を減らす過程で自分自身どう感じるだろう、やはり自分で全て持ちたくなるのではと減らす前は懸念していましたが、実際減らしてみるとそんなことは全くありませんでした。患者数が200名を超えスタッフが10名を超えると自分の目の行き届かない部分が出てきますが、「自分以外の人の目が行き届くからいいや」と自然と思えるようになりました。これは間違いなく自分以外のスタッフの力によるところです。こういった経過の中で、僕自身「自分がいなくても成り立っている、出来上がっている何かを見ていること」に喜びを感じるのだなということが分かりました。土台や枠組みを作るところだけ自分でやって、あとはみんなにお任せ。具体的には、例えば普段僕が診療しておらず一度も会ったことがない患者さんの往診に伺った時に、当院への信頼が見て取れると嬉しいですし、口出ししなくてもイベントの類が成り立ち盛り上がっていく様子を見ていると嬉しいです。最初に薪を用意して焚べる役割を担い、あとは周りにお任せして、炎が燃え盛ってそれを見るみんなが楽しそうにしている様子を見ているのが楽しい、という感じでしょうか。「院長がそんなんじゃダメです」と院内で叱られた時もありましたが
そんな感じで土台や枠組みがなんとなくできてきて自分自身の荷物が減ったことにより、元々最もやりたかったことである「地域とのつながりを作ること」へ安定して力を注ぐことができるようになりました。同時に教育や啓発活動にも力を注ぐことができるようになりました。これをやりたくて開業したのであって、医療に力を注ぎたい、院長になりたいといった理由ではありません。40歳の誕生日の時の投稿に書いたように、この10年で後継者を見つけて誰かに院長のバトンを渡したいと思っているくらいです。こんなこと言うとまた院内で叱られそうですがただ、災害や病気を日常的に身近に感じている身としては、自分の人生の残り時間が長い保証はないので早め早めに行動・挑戦・実践していきたいと思っています。
写真は先日試し掘りしたジャガイモです。畑も毎年行動・挑戦・実践を積み重ね、収量増加や効率化、そして今年からは地域とつながるための手段としての農業という立ち位置が明確になってきました。